2月半ば 三寒四温
昨日は20℃程度まで気温があがりました。
今日は13℃。
明日は最高気温で8℃の予報が出ています。明後日はもう少し寒くなるようです。
暦通りといったところです。
さて、2週間ほど前にコロナに。
当然のことながら家族が全滅しました。3日ほど全員のピークがずれていたことが幸いしさほど大変でもなかったように感じます。
病状は到って軽く、咳も出ず、喉も痛くなく、高熱が3日ほど続く程度でした。
が、隔離期間があるので、家からは出られずに。
で、割り切って本でも読むか・・・と。
で、さすがに熱のなる中活字だけを読む気にならず、漫画を。
40過ぎて漫画もどうかという意見もあるでしょうが、漫画は死ぬまで読むのでは?と、自分では思っているくらい未だ好きなようです。
が、音楽と同じく、最近の漫画というよりは2世代、3世代前くらいの漫画をどうしても読んでしまっています。
で、コロナ期間中に漫画。
昔、流し読みをした、浦沢直樹の
「MONSTER」全巻
「20世紀少年」全巻
「火の鳥」数巻
う~ん、浦沢さん・・・天才ですか。と言いたくなる。天才なんですけどね。
”オチ”部分に賛否があるのは、理解できる気がしますが、起承転・・は上手だな~と。一気読み推奨系だなと。
神、手塚治虫の「火の鳥」はもう20回以上。
1950年代~70年代の作品か??と。
未来編に「マザー」と言われるAIが出てくるし、竹宮恵子先生の「地球へ」という不朽の名作もきっとこれをなぞったのだろうなと。
また、MCUやDCコミックに代表される作品を横断するユニバース化もこの当時からやっており、鼻が大きく腫れあがった我王や八尾比丘尼は作品を跨いで登場する、そのやり口も見事。
当然小学生の頃みたはずだけど、今見ても面白いなと。
昨年の安部さんの事件以来、「洗脳」という言葉が各媒体で踊っています。
戦前、言論統制をおこなう前にはメディアが煽ることで戦争に突入していったという歴史的経緯があります。
が、洗脳と教育の間に確たる境界はあるのか?とも思います。
私たちが触れる情報、小さい頃からの積み上げられた常識、教育、と「洗脳」は単なるグラデーションのどこで切り取るか問題でしかないとも思うのです。
で、漫画。
特に小さい頃に読んだ漫画、小説にはかなり思想的に影響されているな~と自分でも思います。
「火の鳥 太陽編」は過去と未来が現在に向かって収束していく話ですが、
過去編の万物に神が宿っている「八百万の世界観」に対して、仏教の神々があきらかな侵略者として、その思想を駆逐し、上塗りしていく描写があります。
※事実は全くちがうのでしょうが。
これはきっと手塚治虫先生が思う思想信条の一部でしかないのでしょうが、
私自身が、かなり影響をうけているのでは??と。
また、小学生5年の時から中学生の時まで読み漁った司馬遼太郎が描く歴史の英雄にも影響をされています・・・が、それは司馬史観という司馬遼太郎の持つ思想信条のような、歴史観のようなもののフォロワーになるとも言えます。
し、実際にフォロワーになってしまってもいるなと思います。
司馬史観を簡単にいうと「明治維新にはじまる文明開化~日露戦争までは日本は良かった。昭和に入りだめになった」です。
が、今思うと、漫画や歴史小説を夢中に読み漁る中からの「洗脳」で良かったなとも思うわけです。
そこに、悪意のある誘導がない。
と、長くなってしまいましたが、能天気な事をいうと漫画は一気読みがいいなと思います。
また、少年期ど真ん中に手塚と出会わせてくれてありがとうとも思います。
あまり一つの強い信念とかない感じになってて、まあ、良かったなと思います。
七五三やってクリスマスやってその数日後に初詣いって死ぬときに戒名もらうみたいな、この適当で節操のない日本、悪くないなって思います。
当然、TVをつけたり、ネットを覗き見すれば日本、終わってる論が大勢なのもわかります。
GDPー所得、為替、高齢化、国際競争力。
課題はたくさんあるのは重々承知ですが、治安、衛生、食事のおいしさ、手軽さ、適度な同調圧力や「お天道様はみてる」的な思想による、町のきれいさ。
いうほどそんなに悪くないよなって思ったりします。
何となくこの日常が続けばなって思うのはおじさんになったからなのでしょう。
漫画ネタで最後に〆るとしたら、天才高橋留美子さんが超絶名作「うる星やつら」で描きたかった「終わらない日常」は、きっとこんな感じなんだと思ったりもします。