モチベーションとかいう駄言
宮崎駿が出てくる有名な動画があり、結構好きで何度も見てしまっている。
有名な「面倒くさい連呼動画」だ。
とにかく、机に向かって絵を描いてる最中に「あ~面倒くさい」を連呼するだけの動画だ。
宮崎駿ともなれば、クリエイティブマインドに溢れており、次から次へと作品アイデアが思いつき、描いてて楽しくてしょうがない人・・・・みたいな、「宮崎駿像」を勝手に彼に対して思い描いていた。
が、全然違った。(いや違くないか。)
とにかく、面倒くさいと連呼する。いつでも、面倒くさい。1分置きに面倒くさい。
そして、最後に一言「世の中の大事な事って大抵面倒くさいんだよ」と、つぶやく。
若い方と面接することが最近多く、会話をしていると面白い。
度々、「モチベーション」というワードが出てくる。
が、そのワードが出てくるとほんの少しガクっとくる。
モチベーションは仕事のクオリティに影響しない。
伸び盛りの企業は本人の「やる気」の有無に全く関係なく、カレンダーに仕事が自動的に入り続け、そして、その予定を淡々と埋めていく。
毎日、こなしきれない量の仕事が舞い込んでくるので、「やる気」を引き出す必要が全くない。
とっととやれ。が合言葉になる。じゃなきゃ終わらない。
やる気があるからやり、やる気がないからやらないなんて言えるなんて、スーパー余裕のある立場、企業だと思う。内部留保が数十億、数百億あるのだろう。
やる理由が「やる気がある」からではなく、カレンダーに予定があるからやる。はかなり真実だと思う。あるスタッフと「俺達リマインドの奴隷だよね」っといって笑いあった・・・・が、割といいとこ突いてると思う。
プロダクトを造る時に、その優劣を決めるのは知識と経験であり、「やる気」ではない。
やる気があるときのデザインとやる気がない時のデザインの差異は、残念ながらほぼない。
逆に言えば、やる気があろうがなかろうが、「発揮できる能力」がその人の地力ということになる。
「やる気」「モチベーション」が仕事のクオリティに影響する・・・という考えそのものを、完全否定するつもりはないが、「やる気あります!!」みたいな言葉はかなり怪しい。
やる気があってもなくても発揮できるのが、自前の能力ということになる。
周りの優秀な経営者で「モチベーションがどう」とか言っている人を見たことがない。そもそもその視点がない。
が、そんなことを言いつつも、当然、やる気の波はある。
少しだけ自分の話をすると、アクショントリガーを決めてある。
要は行動を起こすスターターみたいなものだ。
「こういう条件が揃ったら始める」というものだ。
アクショントリガーとはパブロフの犬のような条件付けで、この反射に近いものはかなり有効だ。
44年生きてきて、ごく最近気づいた、とても有効な考え方は「僕らは反射で生きている」だ。
色々な事を考えているようで、ほぼ外部からの何らかの刺激や要因に対する反射で生きている。
「理性」「鉄の意志」は反射に比べたらかなりか弱い。
当然、モチベーションとやらは理性の中に内包される。
継続できるというのは、最も重要な才能だと僕は思っている。・・・・・が、才能ではなく、自動書記化する技術が上手い人なのではと思っている。
だんだんと話がそれてしまったが、こと仕事においてモチベーションは必要ない。が、僕の意見だ。
やるべきことを、淡々とこなす。
アクショントリガーを決め継続していく。
自らの意志ではなく、リマインドに従う。
自らが出来る事、出来ないこと(得意なこと不得意な事)を仕分けし、その得意で周りの人の成果に貢献し、不得意な点は素直に助けてもらう。
簡単に見えるが、こんなに大切な事はなく、日々の中で乱高下するモチベーションとやらは無用だ。
そしてこの取り組みが最も結果をだすのも自明だ。
あの宮崎駿ですら「面倒くさい」と何度も宣いながら、ひたすら机に向かい続けたのだ。
「やりたいこと」「モチベーション」みたいな言葉には歯牙にもかけずひたすらやるべきことをこなし、地味な日々を過ごした。
成長はイベントごとなどではしない。山籠もりしたってしない。日々のこの地味な反射の繰り返しの中、気付いたらしているものだ。
44歳にもなると、そんなことを思うようになる。
では、良い反射を持つには???
答えは一つしかない。事前に決めておくことだ。
そういうシーンが来たら、こう振舞おうと。
そしてその決めたことに対して、ただ忠実な反射体であることだ。
そして「世の中の大切なことって大抵面倒くさいものなんだよ」という宮崎駿の言葉を時折思い出すようにしている。