2026年5月中盤 真夏日
“何かに挑戦して、必ず報われるのであれば、誰でも挑戦するだろう。
その時間や労力が、
全く報われないかもしれない場所で
同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続できることを”才能”という。”
とは、将棋界のレジェンド羽生善治さんの弁。
そう思います。
5月にして25℃を超えてきました。ここ最近は気温30℃。前後。
もはや真夏の様相です。
さて、トランプさんのイランへの攻撃に端を発した「ホルムズ海峡騒動」
も、一段落・・・・・・しませんね。
しかし、かなり悲観的なシナリオを頭の中で描いていましたが、今のところはそこまで現場ではおおごとになっていない。
小さな”不足”はありますが、家が建たない、現場が止まった・・という感じにはなっていません。
周りの友人の会社も含めて。
高市さんはじめ、トップ層も難しい判断の連続なんだと思います。
悲観論をおおげさに伝えて、市場がヒステリックを起こしたくないという考えと、
楽観論をおおげさに伝えて、全体的に無駄を抑制出来ない状況になるのと・・・
の間の”いい塩梅”を模索しているのだと思います。
僕らのような商人は、出来ること、出来ないことを見極めて、淡々と手を打ち続けるだけです。
集客も過去最高値、設計のお申し込みや、お任せいただいている方の件数も、ここ10年で最大値。
多忙をほめそやす気はサラサラありませんが、選ばれている、選ばれ続けていることはありがたいことです。
当然、流量が多くなればボトルネックも顕在化します。
そして、そのボトルネックから流れ出る流量の最大値が、その企業の”地力”になる。
20年以上前の名著、エリヤフゴールドラットの「ザ・ゴール」の中でも「制約条件の理論」の中で述べられている。
課題は尽きない。
製造能力値が100あっても受注力が10ならその企業の地力は10だ。
最新の機械を導入し、10倍の速度で商品を製作できるようになって、在庫の山が増えるのが関の山だ。
デザイン力だけ急にあがってしまった企業は後工程、現場が苦しむ…みたいな話も枚挙にいとまがない。
未来に絵を描くということと、顕在化した現実、問題に向き合うことの脳みその使う場所の遠さにいつまでたっても慣れることがない。
どっちかでいいからやってくれないかな~とごちるが、そんな夢みたいなことは永遠にない。
抽象と具体、内政と外政、ハッと目を引くデザイン佇まいとコストバランス。
結局、全部やるのが営みであり経営そのものなのだ。
むしろ、問題が次々に顕在化してくるということは、流れが止まっていないということでもある。
本当に危険なのは、問題がない状態ではなく、問題すら表面化しない状態だ。
受注が止まり、現場が止まり、人が動かず、熱量が失われていく。
流量がなくなれば、ボトルネックも見えなくなる。
だから、忙しさの中で露出してくる課題は、ある意味では”生きている証拠”でもあるのだと思う。
当然、現実はそんなにきれいごとではない。
設計の精度を上げれば時間が足りなくなる。
現場品質を担保しようとすれば人手が足りなくなる。
採用を強化すれば教育コストが膨らむ。
理念を浸透させようとすれば速度が落ちる。
全部、トレードオフだ。
「こうすれば全部うまくいく」
みたいな魔法のレバーはどこにもない。
経営とは、結局のところ、不完全な条件下で、不完全な意思決定を延々と繰り返すことなのだと思う。
しかも厄介なのは、昨日まで正解だったものが、今日にはもう機能しなくなることだ。
市場も変わる。
お客様も変わる。
働く人の価値観も変わる。
自分自身の体力や感性ですら変わっていく。
だから、過去の成功体験を握りしめた瞬間から、少しずつ鈍くなる。
怖い話だ。
でも、だから面白いのかもしれない。
将棋も、おそらく同じなのだろう。
定石だけでは勝てない。
しかし、定石を知らなければ戦いの土俵にも立てない。
型を磨きながら、最後は盤面ごとの”最適”を探り続ける。
経営もまったく同じだ。
理論は必要。
思想も必要。
しかし最後は、目の前のお客様、目の前の敷地、目の前の職人、目の前のスタッフ、その全てと向き合いながら、そ
の瞬間の最適解を探していくしかない。
そして、その積み重ねだけが、会社の空気をつくっていく。
派手さはない。
ショート動画みたいな即効性もない。
でも、そういう地味な反復の総量が、数年後、気づけば圧倒的な差になっている。
結局、才能とは「続けられること」なのだと思う。
報われる保証のない場所で。
誰にも見えない場所で。
それでも淡々と、今日やるべきことを積み上げられること。
たぶん、それが一番難しい。