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2020/09/19

言葉

抽象度の高さ低さという議論がある。

 

「受け入れられるなら万物は師となる」とは詠み人知らずだがいい言葉だなと思う。

 

技術、知識、いわゆる学問になっているものは教えられる。

 

が、社会人になると、この「生徒」でいられる時間は思ったよりも少ない。

 

で、この「生徒」でいられる期間の大切さにも気づきにくい。

前述した抽象度の高い「明文化された知識」や「学術的な数学」は、明確に「教えられる時期」がある。

 

が、抽象度の低い「生き方」「振舞い方」「仕事でお金をもらう事とは?」というふわっと事に関して「教えられる」がむつかしい。

 

「じゃあ、生き方を教えよう」も「仕事とは?っていう哲学ってな」などと教えてもらう事はないし、教えもしない。

 

目に見えない「人の関係性」から感じ取り、学び盗るしかないのだ。

 

が、そここそがまさに大切な学びになる。

 

僕も勝手にそうしてきた。

 

本当に大切なことは、目に見えない。

 

明文化されていない関係性を感じ、仮説を立て、実践し、修正し、上手くいったり失敗したりして、自らの哲学へと積み上げていく。

 

そうやって少しばかり頑固になっていくのだが、自らの経験を積み上げた人が吐く言葉は届く。響く。好きだ。

 

そうではない人間の「世の中分かってる感」満載の言葉はどうか。

 

ネットではあらゆる「いい言葉」があふれている。

が、そんな引用はすぐにバレてしまうから怖い事なのだ。

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