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2019/03/04

多数決

沖縄で県民投票が行われた。(らしい)

 

日本でも近く、国民投票が行われる機運がある。(らしい。詳しくない)

 

そのテーマや、結果の話がしたいのではなく、こと企業運営ににおいて「多数決」はまずい。

 

毎日、仕事のフローや、スクリプトなどをスタッフが作成してくれている。

 

が、「みんなで決める」のは、まずい。悪手だ。

 

映画を作る際に、きっちりと役割分担するのは良い。脚本家がいて監督がいて、カメラマンがいる。

 

が、同じ脚本を「序盤はA氏、そして中盤はB氏、そしてクライマックスはC氏に書いてもらう」なんてのはない。

 

一貫性も、「なぜ、こうなったのか?」という一番大切なwhyもない。

 

ある課題があり、その解決策を会社内でクリアする為には、「みんなで考えよう」は全く機能しない。

 

まず、そのトピックへの関心がある人は思ったよりも少ない。実際に痛みに直面している人しか本気の解決策は出さないし、実行しない。

 

ある会議で「こんな問題があるんだけど、どうすれば良いかアイデアを出してくれ」って言われる瞬間まで、そんな課題があった事にすら気づかない。

 

そのマインドの人はその課題を解決するのが難しい。

 

で、アイデアが出そろったところで「じゃあ、みんなで決めよう。こうするのがいいと思う人~~」と、多数決を取ると、概ね時間的・労力的に一番楽なものを選択する。

 

本質的に解決するアイデアの実行は長く苦しいものだったりする。

 

社内でも、良い悪いは別にして意識の乖離はある。

 

マーケティング担当者は、工事部の「工期の短縮と、塗り壁の施工精度の向上」に興味がない。

 

ないとは言わないが、普段から深く深く考えてはいない。

 

現場監督は、集客ツールの改善や、人事採用活動に概ね興味がない。会社として最優先の取り組み事項でもだ。

 

批判でも非難でもなく、事実そうだろう。何を隠そう私も極端にそうだ。

 

課題の解決や、取り組みはどうすれば良いのか。

 

今のところ、

 

・一番痛みを感じている本人で、

・一番その項目に関して精通していて

・そんな人が最大でも3人以下のチームで取り組む

 

くらいだ。

 

多数決は、「最も考えていなく、興味がない人」と「深く深く考え抜いた人」の一票が同じだ。

 

その項目に関して1000冊本を読み、人と会い、研究した人と、数分前に問題提起された人が同じなのだ。

 

会社の強さとは何か?

 

直面している課題や未来に「深く深く考え、実行する人」が、各セクションに何人いるかに尽きる。

 

器用貧乏な私が、いっちょかみで解決できるものは、ごくごく表層的で、そんなものはほとんどないのだと気づいてしまった。

 

と、いう訳で、やっぱり、良い意味での「鶴の一声」は必要だし、一人で考え抜く時間と環境は必要だ。

 

ふ~。北の温泉に行き・・・・・籠りたいな。

 

写真は関係ありません。

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