プロの世界

投稿日:2019年03月29日

もうすぐ4月。

 

怒涛の3月も終わりに近づき、引き渡しラッシュからの上棟ラッシュからの会社説明会も一段落。

 

今は、泣きながらプランを描いています。

 

I様邸に

Y様邸

 

どちらも移住系。平屋っぽい家と平屋です。

そのラッシュももう少し。
流山の2世帯と木更津市の2世帯。名古屋の方の移住系と四街道もねの里・・・で一段落。

 

最近は半分平屋です。

で、一時期遠ざかっていた、大屋根ドーマ系も増え、時代は巡るのでしょうか?(勝手にこっちで描いて提案してるんですけどね)

 

さて、サッカーの試合を久しぶりにみる。

 

で、どこかドライでいいな~と思う。

「結果を出したら使ってもらえる。結果を出せなかったらさようなら」

の世界。

 

ブラットピット主演のマネーボールという佳作がありましたが、その中のシーンでも、ドライに「明日からこのロッカーは使えない。君は首なんだ」というサラリというシーンがある。

 

これはプロの世界では当り前で、批判されない。

 

「あいつ、頑張っていたじゃん」とか言う人はいない。

 

あの香川でさえ控えなのだ。

 

では、僕らもプロの世界ではないのか?という疑問もある。

 

誰かが手を抜いてミスをしたのは穴埋めするのは優秀な人の役割ではなく、あくまで「良質なプロダクトで世の中を豊かにする」のがプロの仕事ではないのか?

 

あくまで目的は「それ」で、半年~1年一緒に戦って、先発の11人およびバックアッパーに残れないと判断したら他のチームに移る、もしくは解雇もあるのがプロの世界では?と。

 

現実は全く違う。今は・・・だ。

 

が、本当に優秀でバイタリティ溢れるスタッフが揃ったらどうなるのか?

 

彼らの彼女らのモチベーションは「インパクトがあり、かつ世の中が豊かになる仕事」だ。

 

その重要なミッションの遂行の足を引っ張るスタッフが近くにいたらどう処するのか。どう接するのか。興味がある。

 

その尻ぬぐいにかかった労力や努力の量を、「良いプロダクト」に全振りしていたらどれだけの成果があがっていたのか?

 

助け合い、かばいあうのがチームだ。

が、家族ではない。

ロールがあり目的がある。崇高かつ厳しく険しい困難を乗り越える必要のある大きな目標を前に、戦いに赴くときに、味方の「単なる手抜き」を受容できうるのか?

 

それはわからない。

 

が、チーム戦というのは自らのロールを全うするのが前提だ。

 

「どこかの誰かさんがやってくれるだろう」というマインドの人材がたった1人でもいたら、試合ではまず、負けるのがプロの世界だ。

 

僕らはどうだろう。少なくとも自らが任されているセクションに対してコミット出来ているか?

 

なんとなく働くマインドが2極化する社内の機微を遠巻きに感じながら、そんな事を思った。

 

 

 

 

 

この記事を書いた人

加藤 行人

加藤 行人

代表取締役

2019年3月29日 投稿|